私の人生を変えたイスラエルの友人の言葉 前編

旅行

自分の人生を変える言葉に出会う時が誰にでもあると思う。
ある人は、有名人の言葉に。ある人は、映画のセリフに。それは人それぞれである。
私も19歳の時に、これからの自分の人生を決定づけるとてもとても大事な言葉に出会いました
その言葉は、イスラエル人の友人から言われた言葉です。
彼との出会いは、インターネット上でした。私がイスラエルの隣国ヨルダンを旅している時に、あるSNSで突然メッセージが来ました。
お前のプロフィール気に入った。今家族でエジプトに旅行に行くんだけどお前も来いよ!」と。
一度も会ったことないけど、楽しそうだったので私もその家族旅行に参加することにしました。
すると彼から「国境集合な!」と言われました。

しかし、ここで一つ大きな問題が。日本人がエジプトに入国するためにはビザが必要。飛行機で訪れる際は、空港でビザを取ることができるが、陸路は全く情報がない。
不安になってイスラエル大使館にメールをしたところ、今からあなたが行く場所には渡航中止勧告が出ているので、行かないで下さいとのこと。
調べてみると、「ISILシナイ州」というイスラム国の影響を受けたテロ組織が活動しているらしい。
私は、迷った。なぜ、1度も会ったことがないイスラエル人家族と渡航中止勧告の出ている場所に行かなければいけないのか。
入国できるかも分からないし、危険な場所だよ」と連絡したところ、彼から「Take it easy.It’s holiday.」と返信が来た。全く会話が成立していない。
しかし、この気持ち良すぎる適当さ。私は気に入ってしまった。そして私は彼のことを100%信頼するようになった
取り敢えず、行くだけ行ってみようと彼に連絡した。
すると「国境で待ってるぜ!」との返信が来た。
ヨルダンのアカバから歩いてヨルダンとイスラエルの国境まで行き、無事にイスラエルに入国することができました。
そして、彼ら家族を探したのですが、いない。そもそも国境に人がいない
心配になり入国審査の人に頼んで、wifiを借りて連絡してみると、「エジプトの国境にいるぜ。ホテルに先に行っとくから」とのこと。
まさかの勘違い。私はここから車に乗って一緒にエジプトへ行けると思っていたのに…
エイラートの町に行けばバスに乗ってエジプト国境まで行くことができる。しかし、この国境からエイラートの町まで、公共交通機関は一切ない。タクシーが数台停まっているがとても高くて、乗ることができない
仕方がないので、国境から町まで5キロ歩くことにした

ラクダが普通に隣を歩いているカオスな状況
気温は40度周りは砂漠。空気が乾燥していて呼吸をするのも辛い。
なぜここまで苦しんで俺は、エジプトに行かなければならないのか?」と自問自答しながらひたすら歩き続けた。
やっとの思いでバス停に着き、エジプト国境行きのバスに乗ることができた。
そしてイスラエルから出国し、問題のエジプト側の入国審査。事前にビザを取得していない。アライバルビザがあるかも分からない。
そんな中で、エジプト側へ向けて歩いていると、イスラエル人に話しかけられた。

ヘイメーン。お前もカジノ行く感じ?
いや、友達がホテルで待ってるからそこに行くんだ。でもビザを持っていないから入国できないかも
そういう事なら俺に任せろ!俺は多い時に月に15回ここを通ってる。ははは、俺はファッキンカジノマンなのさ。ここを通過するコツはひたすらカジノって言うことだぜ。俺についてきな。
ということで、ギャンブル中毒の彼について行った。
エジプト側の入国審査は、とにかく滅茶苦茶だった。
列に並んで1人1人審査を受けるという文化が存在しなかった。入国審査官の机に各々自分のパスポートを投げつける。そして、ひたすらハンコが押されるまで煽り続けるという世紀末感が溢れ出ていた

私もみんなの真似をして、自分のパスポートが返されるまで待った。
続々とパスポートが返されて行くなか、中々私のパスポートが返されない。不安に思っていると審査官に呼び出された。
そして、「ビザが必要だ」と言われたので、「カジノカジノ」と言い続けた。
その光景を見ていたギャンブル中毒が加勢してくれた。そして2人で「カジノカジノ」と言い続けた結果、入国する事ができた。私自身もなぜ私が入国できたのか分かりません。決して私の真似をしないで下さい。
中毒に一緒にギャンブルしないか誘われたが、丁重にお断りし、ホテルへ向けて歩いた。
とても警備が厳重で巨大なホテルに辿り着いた。そのホテルは、世界的に有名な“あのヒルトンホテル”だった。
1泊何万円するのだろうかな?と考えながら、部屋に向かった。
そして、遂に友人に会う事ができた。
後編に続く

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執筆者 日下部智海

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