私がジャーナリストになった理由 後編

難民

前回までの内容はこちらを参照してください。

ヨルダンから帰国後、悶々とする日々を過ごしていた。恩返しをしたいという気持ちはあったが、何をすれば良いのか分からなかった。とにかく何かしたいと考え「シリア難民 支援」とGoogleで検索し、日本赤十字社が行なっている中東人道危機救援金に寄付をした。寄付という支援方法は、お金に余裕があり時間のない社会人にとっては有効だが、貧乏で時間と体力だけはある大学生には他の支援の形が良いと思った。

何ができるか考える前に「シリアとはどのような国か?」「シリア内戦とは何か?」「難民とは何か?」などを調べる事にした。シリアに関する本や記事を読み漁り、難民問題を知るために国際法を勉強した。

シリアの歴史と難民について調べていく中で、パレスチナ難民という存在を知った。難民の歴史とは彼らの歴史と言っても過言ではなかった。70年前の第1次中東戦争によって生じた彼らは、今何をしているのか気になり居ても立っても居られずパレスチナを訪れる事にした。生活的にかなり厳しかったが、貯金をはたいて日本を飛び出した。

イスラエルから入国しパレスチナの事実上の首都ラマッラーを訪れた。事前に友人を作っていたので、彼らの家を拠点に街を歩き回り多くの人の話を聞いた。

そして、難民キャンプで生活する男性に出会った。彼との出会いは私に衝撃を与えた。パレスチナ難民の存在は知っていたが、70年経った現在でも難民キャンプで生活している事は知らなかった。年月が過ぎただけで、まだ何も終わっていないと感じた。

彼の家に泊まらせて貰った。現地で生活してみて、故郷を思い出し涙を浮かべる老人。

イスラエルの地図を描き「これはイスラエルの地図じゃないパレスチナの地図だ」と言い張る男性。

「そんな事もうどうでも良い。ただただ普通の生活がしたい」と呟く女性。

「なあ頼む教えてくれ。日本で働く事はできないか?」と聞いてくる失業者。

「同じパレスチナ人でもキャンプの中の人間と外の人間の間には大きな壁がある」と教えてくれた教師。

「夢や希望なんかない。毎日ただ生かされているだけだ」と語る若者。

狭い通りでサッカーに興じる子供たちなど、本当にたくさんの人にお会いし話を聞いた。

ある人に、「あなたが1番恐れている事はなんですか?」と質問した。私が予想していた答えは、ご飯を食べれなくなることや病気にかかることだった。

しかし予想だにしない答えが彼の口から返ってきた。

自分たちの存在が世界から忘れ去られていく事だ

彼のこの一言で自分のすべきことがわかった。彼らの現状をこの目で見た者として、世間へ伝えなければと思った。

次から次へと新たな難民が生まれ世間の関心はそちらへと移っていく。そして何も問題が解決しないまま彼らの存在は忘れ去られていく。彼らの現状を改善するためには、まだ何も終わっていないと世間へ伝え、考えてもらう必要があると感じ記事を書くことにした。

記事の書き方なんて何1つ分からなかった。けれどそんな事どうでも良かった。自分に求められてるのはテクニックではなく、ありのままの気持ちを書く事だと思った。

自分の記事を掲載してもらう為に各所に掛け合い、ハフポストに寄稿することができた。下記が記事になります。

忘れられし難民たち~パレスチナ難民キャンプを訪れて~
世界は難民で溢れている。情勢によって、メディアに取り上げられる難民は変わっていく。そして、世間から忘れさられる難民がいる。

記事を読んだ感想は様々だったが、もっと話が聞きたいからとラジオ番組に呼んでいただいたり、貴重な情報を伝えてくれてありがとうと言われたりした。1人でも多くの方々が難民問題について考える切っ掛けになる事ができ何よりも嬉しかった

その一方で、伝える事の難しさも感じた。記事を読んだ人に、「あー、かわいそう」で終わらせない為にはどうすれば良いのか未だに悩んでいる。恐らく答えは出ないだろう。

これ以降パレスチナには2度赴き、トルコでのシリア難民やイスラム教の学校の取材、モロッコの児童労働の取材などをしてきた。

私が記事を書いても、全く無関心の人もいれば、日下部は急にどうしたんだと思う人。真剣に読んでくれる人。冷やかな目で見る人。自分も何かしたいと言ってくれる人。ジャーナリスト(笑)とバカにしてくる人など、色んな人がいると思う。

此処まで読んで頂いたら分かるように、初めからシリアや難民の事に興味があった訳ではなく、社会に貢献したいという高い志を持っていた訳でもない。

たまたまシリア難民の方に助けてもらい、たまたまパレスチナで生の声を聞き、たまたま物書きが好きだったので記事を書いた。全てが偶然の産物だ

だから今社会問題に興味がない人もいつの日か、或る切っ掛けで興味を持つかもしれない。その時は、自分の得意な分野で自分のできる範囲内で携わっていけば良いと思う。

そういった興味を持つ切っ掛けを増やす為にも、社会から忘れられ取り残されていく人たちを生み出さない為にも世間へ伝えていく事が重要だと3年前を振り返り再認識した。

 

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